旅恥13

 
 この宿のオーナーはやり手風の女性である。そして一人妹がいる。彼女には赤ちゃんがいていつも厨房の脇に赤ちゃんを寝かせつけている。そのまま買い物に行ったりもする。

 ビールを飲みながらボーっとしていると猫が赤ちゃんにちょっかいをかけようとしたので猫を追っ払ったことがある。ボクは命の恩人である。そのことをオーナーに言ったら、

 ほっといていいんだよ。死にゃあしないよ。頭がいいんだから
 赤ちゃんが? 
 猫だよ!

そんなことはないだろ…。

 この宿にはイギリスから来たおばあちゃんも泊まっている。いつもフロントにあるソファーにこしかけて話し相手を探している。老後生活をここで過ごしていて時々イギリスに帰るそうだ。前回は帰る予定だったが風邪をこじらせジャカルタに2週間入院したそうだ。

 確かにここは物価も安く治安もさほど悪くはないが、病気になったことを考えると最適な場所とはいえないだろう。話し相手がいないときはずっとテレビを見ている。その横顔をみると彼女の心の奥にある寂しさがわかるようであった。

 オーナーの妹が帰ってきた。ぼくはさっそく猫事件の話をした。彼女は一瞬びっくりして、どの猫だ!と叫んだ。 いつも来る茶色のだよと言うと、猫がいた場所に向かって、

 もうそんなことやるんじゃないよ!と叫んだ。
 もう大丈夫。  
 えっ! 
 もう来ないよ。まじないかけたから。
 ああ、そう…?

 それからも時々その猫は現れた。彼女のまじないは効かなかったようだが、赤ちゃんの寝かせつけるところを窓際に移していた。
 
 オーナは僕に言った。昼間からビールばっかり飲んでないで何かしたらどうだい。
 何かって何?
 若いんだろ。やることたくさんあるでしょう。ヘヘヘ…
 やることって何?
 私の妹は子ども生んだけど離婚したんだよ。よかったらどうだい。へへへ…
 やれやれ…