或る日常Ⅲ

 姉が帰ってきた。ユウヤも姉のそばの赤ちゃん用のベッドに寝ていた。少し赤みがとれていた。姉はその日体調が悪いということで夕飯を作らなかった。

 仕方がないので近くの居酒屋へ行った。「幸房」というところだ。この不景気でいつつぶれてもおかしくないところだ。店のおやじは眼鏡をかけてやる気のなさそうな顔をしている。

 客はいつものように誰もいなかった。ここは数年前に店のおやじが雇った中年の男と女がやっていたが、ふたりして近くに店を出した。

 その中年の男は自分の店を作るにあたってリサーチと客の呼び込みを同時にやっていて「幸房」の常連客を根こそぎ自分の店に持っていった。

 店のおやじが気づいたときにはノウハウなどもすべて教えてやったあとだった。おやじはそれからひとりでこの店をきりもりした。心の奥ではかなり悔しかったろうがひとりでやっていける自信もあったようである。

 ここのモツ煮込みはうまいので僕はいつも二人前を頼んだ。それと焼き魚とレバニラ炒めである。テレビを見るでもなし考え事をするでもなしのようにボーッとここですごすのが好きだった。

 最後はラーメンで締めた。後はフラフラと帰るだけである。姉はまだ寝ていた。ユウヤも静かである。冷蔵庫からビールを一本取り出して2階の自分の部屋に戻る。

 ビールをもう一本飲みたいなあ…。

 結局、読みかけの『ローマ人の物語』をビールを飲みながら読む。塩野七海の書いたものだ。はじめ僕は男が著者は男かと思っていたが女性だと知って少し残念に思った。男の世界をこうも熱く書けるのかと思った。

 酔いが回ってきたので20ページも読むうちに眠くなってきた。眠りに入る手前でユウヤの泣き声が聞こえてきた。ああ、そうか、この家に人が一人増えたのかあと思いながら眠りの海に入っていった。