或る日常Ⅴ

 会社が休みのときは昼過ぎに起きる。台所で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいるとユウヤがやってくる。

 歩くのでもなく、ハイハイでもない。後ろ足のないワニが進むごとく体を引きずってくる。見るもの、動くものがすべて珍しいらしく僕もその対象になっている。

 新聞を読み終わってトイレにでも行こうとするとついてくる。トイレのドアを閉めると視界から対象物が消えるので泣き出す始末である。

 しかし、飽きてくるとまた自分の巣(部屋)に戻る。それでも15分ぐらいしたらまた来て僕の足を噛もうとしたり、新聞を横取りしようと懸命になる。

 僕は昼飯を食べながら適当にあしらう。食べ終わって2階の自分の部屋に戻ろうとするとワニもついてくる。だが、階段には上れない。

 赤ちゃんにはあまり早くから歩かせてはいけないそうだ。脳の発達によくないらしい。大脳の深層部や運動系をつかさどる小脳が早くから歩かせることによってあまり発達せず、前頭葉がそれに変わって発達しようとするからである。

 つまり思考する前の生理的な神経や感情的な部分が未発達のまま大脳を肥大化させていくのが良くないらしい。なんとかして2階に上がろうとするのを阻止しなければならない。

 しかたがないのでオブって2階に連れて行く。2階の部屋から広大な空を見つけると目を輝かせて僕の腕から飛び立とうとする。そして飛んでいる鳥を見つけては音韻体系が定まっていない口で指を指しながら叫ぶ。

 自分も空をこんなに新鮮な気持ちで見ていたときがあったのだなあとその発見が新鮮に思える。