旅恥5

 助手席男は自分の力を誇示するかように後部座席に座っている僕に向かって、意味の分からない英語でがなりたてている。宿屋のマージンが入らなかったからだ。また金をくれと言い出した。 やれやれ、僕はじっと耐えた(村上春樹風)。ヤクザでいうと真っ先に殺される役が助手席男だと思った。やれやれ…

 通りが明るくなってきた。モスクも見えてきた。アラーが見守っている。僕は切れたようにわめき始めた。相手は助手席男だ。威勢のいい犬と同じで威勢のいいヤツは崩れるのも早い。運転手も気が小さいらしく顔を青くしていた。

 脅すには母語に限る。英語やインドネシア語Saya cinta anda と叫んだところで何の効果もない。僕はわめきながらもボスとの間にカバンを置いた。横からナイフでブスッと…というのはご免だからでR(嵐山光三郎風)。

 助手席男が完全に硬直した時点で、ボスのほうを向いて静かに日本で、もう降りるよと言った。日本語が分からなくても状況が語っている。タクシーは急に止まった。今だ、と思いボスをまたいで反対側のドアに手をかけた。ドア側の男は弾かれたようにそれを阻止しようとした。

 僕はボスを見た。男もボスを見た。ボスは諦めたように男に2,3言言った。男はボスの命令に従った。ドアが開いた。やっと外に出られた。タクシーは逃げるように去っていった(ヘミングウェー風)。

 ため息一つ。ゆっくり後方にあるモスクに向かって歩いた。そっちに行けば宿屋があるだろう。夜中だからか街は閑散としていた。

 少し歩くと通りのわき道に赤い電飾が光っていた。

 The ROSE HOTEL 

ローズホテルか…よし、ここに泊まろう。足は自然に電飾に向かっていた。