父が先頭を歩き、叔父とミキが手をつないで歩き、最後に僕が一人でとぼとぼついていった。そのまま出てきたがもう一枚上着を着てくればよかった。もう秋だなと思った。
堤防を上り猫のひたいほどの砂浜に下りた。月の光で全体が青白く見えた。ホタルイカは一匹もいないようだった。
いないね ミキが叔父に言った。
昼に来たけどいなかったもんな
父はタバコに火を点けた。
今日は満月だからホタルイカは身投げするんだよ でもここにはいないよ
僕のもっと小さいころにはこのあたりにもたくさんホタルイカが身投げしていた。
行こうか 父がテトラポットを上り始めた。
どこ? 叔父がそれに反応するように上り始めた。
ミキも続こうとしたが上れなかったので僕が先に上って彼女の手を引いた。小さい手だった。それに非常に軽く引っ張りあげられた。思ったより軽かったので勢いあまって彼女は僕のところに飛び込んできた。僕は受け止めた。
僕は思わず身を引いた。彼女はふふっと笑った。父と叔父はさっさと先に行っている。
ハルちゃん、夢中になるとわたしのことなんか忘れてしまうのよね
確かに今は叔父の頭の中はホタルイカでいっぱいなのだろう。彼女がかわいそうに思えた。
行こ 彼女は僕の手を引いてずんずん歩き出した。
100mぐらい行くと父と叔父が僕たちを待っていた。いなくてよかったのに…
ミキ、下見てみな 叔父が言った。
海面にライトブルーの光がいたるところに輝いていた。ミキは声をあげた。これだけの数は僕も初めてだった。
明日には全部死んでしまうんだよ 父が言った。
どうして? 叔父は父を見上げた。
満月で体内にある磁気が狂ってしまうって話があるがはっきりわかっていないらしい。でも漁師の間では、満月の日に月に帰るために死を選ぶって言ってるね
なんで死ななきゃなんないの? ミキが独り言のように言った。
自分たちが一番輝いているときに死ぬんじゃないかな 叔父はホタルイカの光を見ながら言った。
寒くなってきたから帰ろうか 父はそう言ってまた先を歩き出した。
ホタルイカは漁師の間では月の使者だと言われている。月の明るさはホタルイカの光で、秋ごろに死をもって明るさを保つという。身投げしない年は夜には星も出ないほど暗くなり船の遭難が多くなるという言い伝えがある。