或る日常Ⅰ

 その日は学校を休んで産婦人科へ行った。一人で行くのは初めてなので少し緊張した。玄関に入るとやはりあのにおいがした。病院のにおいは嫌いだ。まあ、好きな人はいないと思うけど…。

 看護婦さんに姉の名を告げる。結婚するなら看護婦は一番だが病院は世界で一番嫌いなところだ。二番目は車の教習所だ。未だにお役所気質が抜けないからだ。なんであんなに威張るんだろう。

 話を戻して、ゆっくり階段を上る。3階の一番奥の部屋だ。途中ドアの開いている部屋をチラッとのぞくとパジャマを着た女の人が寝ていた。このパジャマ姿を見るのもイヤだ。こっちまで病気になりそうだ。えーっと、彼女たちは病気で入院しているわけじゃないけど…。

 男が赤ちゃんを産むんじゃなくて良かった。下手をすると僕もパジャマを着てベッドに寝ている姿をチラッと見られるかもしれないからだ。今後科学が発達して男が赤ちゃんを産むようになっても僕は絶対拒否をする。絶対!

 スライドになっているドアをたたく。ハイ 姉の声だ。ゆっくり入る。このシチュエーションも嫌いだ。特に話すこともない。午後から手術室(摘出室?産気室?赤子取り出し部屋?)に行くということだ。

 姉は平然としている。やっぱり女は強い。看護婦さんが来てご主人かと聞く。いや弟です。 そうですか。 はい。 この会話もイヤだ。

 まだ、昼前なので外へ飯を食べに行く。早くここから出たかった。大和(ヤマト)へ行く。ここのラーメンは世界で一番ウマイ。おばさんとおばあちゃんが二人でやりくりしている。特別な製法やこだわりもないようだが、なぜか絶品のしょうゆラーメンとなる。でも、今はもう二人とも歳には勝てず店を閉じてしまった。

 もう一度家に戻って毛布を取って産婦人科に向かう。病院の玄関に入る。やはりあのにおい。なるべく息をしないようにする。部屋に入ると親がわりの伯父と伯母がいた。少し安心する。出産経験者だからか二人とも落ち着いている。

 そうこうするうちに姉は手術室に連れて行かれる。これもイヤな場面だ。なぜか一番最悪なシチュエーションが頭によぎる。ドキドキして自分が手術室に行くような気分になる。

 そして、この日ユウヤは生まれた。