紳士たるもの

 仕事帰りにラーメン屋に寄って味噌ラーメンを食べてから帰ろうと思った。

 いつもの道ではなく、わき道に自転車を進めたとき、暗がりに自転車にうずくまっている人を見かけた。

 何をしているのだろう。近づくにつれチェーンが外れ、直しているのがわかった。それが男なら無視して通り過ぎたろうが、女性であった。

 紳士たる者、困っているレディに手を差し伸べないのは末代までの恥(マー、子供作らなきゃいいだけの話だけど)

 ボクはおもむろに自転車を降り、できるだけの笑顔で、

 お嬢さん、チェーンが外れてしまったのですね それはいけない
 
 急に声をかけられたアヤ(仮名)は、ただただびっくりした顔をこちらに向けただけだった。

 あっはい
 
ちょっと、見せてくれたまえ レディを退かせ、自転車をしげしげと眺める。アヤの熱い視線を感じる。

 手際よくチェーンを歯に絡ませ直してみせた。ボクの自転車も安いものなのでよくチェーンが外れる。その度に直していたらプロ級の腕前となったのである。

 直りましたよマドモアゼル
 あっどうも…ありがとうございました
 いいえ 一度自転車屋に詳しく見てもらったほうがいい それでは!

 紳士たる者、レディより感謝の言葉以上のものを期待してはいけない。マザーテレサが休憩所でタバコを吸っている姿を見たくないのと同じように(なんのこっちゃ)。

 颯爽と自転車にまたがり、振り返らずにその場を離れた。多分アヤ(推定年齢25歳独身)は走り去る紳士をいつまでも見続けているであろう。
 
 角を曲がるときチラッと後ろを見るとアヤは自転車のそばでケラケラ笑いながらケータイをかけていた。

 紳士たる者、幻想と現実の違いをわきまえなければならない。