写真の男は、隣に立っている男が殴ったのであろうか、顔が腫れ上がり原形をとどめていなかった。
助手席の男がスーツの胸ポケットから写真を取り出した。パスポート用の小さな写真であった。その写真は白黒で若い男が写っておりかなり古いものであるのがわかった。
友人Mは、 これもわかりにくいなあ と言って助手席の男につき返した。
じゃあ、写真はいらないのか? と助手席の男が写真を胸ポケットにしまおうとしたとき、Mはそれを強引に取り上げた。
やっぱりもらっとく
助手席の男はスーツの乱れを直しながら、運転手に目で合図して車を降りた。
ボクは問いただすようにMを見た。
イヤー、簡単なアルバイトだよ。
なんでボクもやらなきゃいけないんだよ
ひとりじゃねー
Mは幼稚園時代からの友人である。小学4年のときボクはMとけんかして完敗してしまった。そのことが頭から離れず今でもMの言うことを聞いてしまう。
Mは大学を一浪して入学し、そのとき付き合っていた彼女と卒業と同時に結婚した。子どもが二人生まれ、東京の地方銀行支店に勤めていた。順風満帆であった。しかし、不幸がおそった。妻が末期の癌であることがわかり、まもなく亡くなった。
銀行を辞め、退職金で子どもを養っていたが、お金がそこを着き実家に戻っていた。彼の生活は荒れ、ケータイの出会い系サイトで知り合った数々の女にお金を使っていた。
S教授から封筒を奪うだけだよ、ほとんどこいつらがやるから と隣の東南アジア系の男二人を指でさした。
車はそれから1時間ぐらい走り工事現場に着いた。プレハブに連れてこられた。中には弁当が4つ置いてあった。
まだ時間が早いから、これ先に食おうぜ とMは食べ始めた。男二人も食べ始めた。ボクは食べたくなかったが、今の状況を忘れたいために食べた。意外とおいしかったことを覚えている。
それからのことは話したくない。記憶の外に追いやりたいからだ。Mとも会わないようにしている。生きていることが唯一のさいわいである。