冬の風
帰るのが遅れそうだった。夕食の支度をしているだろうから電話をかける。
あのー、今日さ
何? 彼女の声が冷たかった
仕事が終わんなくてさー
で?
1時ごろになると思う。
あ本当 声が変わった
多分、今日は帰って来ないと言うと思っていたのだろう。彼女の中にボクへの不安があったのだろうか。
じゃあ、帰るときもう一回電話して
わかった
仕事で出会った女性のアパートに行った。まさか電話番号を教えてくれるとは思わなかった。冗談で じゃあ、今夜ワイン持って行くよ と言ったら素直にアパートの行き方まで教えてくれた。
早期に女性が男に興味があることを教えてくれるのは、女性の過去に誰かと似ていると言われたときである。そういう記憶はあまり気に食わない人物ではないらしい。
2千円ぐらいしか持っていなかったので、ワインなど買えなかった。タクシーで行けば速かったがバスで行った。部屋はすぐ見つかった。
終電一時間前にそのアパートを出た。バスがもうないかも知れなかったからだ。案の定、終バスが終わっており、歩いて駅まで行った。もう彼女とは会わないだろう。電話番号の書いてある紙切れを溝に捨てた。
終電で帰るよ。多分、12時半ぐらいになると思う。
わかった 疑ったのを悪く感じているのか妙に優しい声だった。
非常に寒い夜だった。駅を降り、マンション前の交差点で信号が青になっているのを待っていると、反対側に寒そうに立っている彼女がいた。
僕を待っていた。彼女を不幸にしてはいけないなあと思い、別れることを決心した。