落ち武者が出るような山あいで(中)

 前田康之(65)。都内の中堅の大学を卒業後、出張でタイに赴き、そのまま若くして当地の所長となり15年間バンコック郊外に住む。

 現地のホステスであったイクイットに一目ぼれし、結婚を迫る。結局200万円で手を打ち、転勤5年目に結婚する。当然親戚一同の反対を押切っている。

 翌年男の子が生まれるがマラリヤにやられ死亡。博之は失意のどん底に落ちる。時を待たずしてタイ人妻出奔。親戚一同は子どもが死んでくれてよかったと噂しあっていた。

 翌年帰国と同時に退職。小さな機械部品工場のセールスマンとなる。手腕を買われ課長に即出世。右肩上がりに業績が伸び、大阪支店長として大抜擢を受ける。

 博之は亡き子どもを忘れるため必死に働く。有能な部下に支えられ大阪支店は順調に利益を上げる。

 ここで転機が起こる。35歳にしてあまりお酒を飲まない博之が酒の味を覚え、酒量が日に日に上がっていく。スナック、バーに頻繁に通うようになる。

 いつしかビールがウイスキーやジンに代わっていった。

 ある一軒のスナックに行くと中学生のときの初恋の人に似ているママを発見した。始めはまったく気付かなかったが、見覚えのある顔だなあと一週間そのスナックに通った。

 スナックのママ、弘子。彼女の生い立ちは不明である。しかしながら幸せいっぱいな人生を送ってきたとは誰しもが認めない見えない暗さをひめている。

 弘子は博之がなぜか気になった。自分に共通する何か(それはどんなものかわからない)が、博之にあるように思えた。

 博之は毎日のようにこのスナックに通うようになる。

 バブルが崩壊する。それと同時に会社ではいくつかの支店が閉鎖され、リストラが叫ばれるようになる。

 以後、博之と弘子は抵抗できない社会の波に押し流されていくが、続きは次回へ。