尾崎が育てた若者たち

 世間様のことをここでは書きたくないけれど、どうしても目にしてしまいます。

 どこかの卒業生が「尾崎豊」をしてしまいました。ほとんどのヒトは「オイオイ…」なんですよね?

 ただ単に「バカだなあ、こいつら、窓ガラス割っても何も世の中変わらないのに」と。

 で、彼らには当然、制裁が降りるわけです。それで、っここからがメインです。

 彼らのパワーを押さえ込むことだけが制裁といえるでしょうか(おっと、前々回書いたけど、意味のない「聞き手頼り」の政治家のパフォーマンス表現)。

 彼らのパワーは日本にとって宝なんです。その行き先のない絶大なるパワー。社会奉仕に使ってもらおうではないですか。

 例えば、彼らへの判決は「タイの農村部へ行って、無給で手伝いをする」 食事はその領主が決める。とする。どうですか。

 少年院に入って、暴力団の予備軍を作るよりよほど、よっぽど彼らは成長すると思いませんか?

 そんなところで、自分という存在が機能することがわかるのです。

 田植えを終えた後の昼飯のうまいことうまいこと。やさしさは自分を守るための手段じゃない等々…

 彼らはそこで何をどう考えるかはわかりません。逃げ出すかもしれません。自殺するかもしれません。

 しかし、自己満足からではなく、結局、自分が何かをしたことによって他者が幸せになった、の方がハルカに自分への麻薬になるかがわかるはずです。当然、自分に向けての善も感じ取れるぐらいの成長も得られます。

 彼らはやってくれます。決して見捨てたりしないでください。

 あのー、別に海外に行け!と言っているのではありません。とにかく無償の奉仕ぐらいヒトを見ることはないのですから。