ボウフラ

 生まれは大阪。ちっぽけな盗みをやって2年、塀の中。気分を変えようと居場所を転々とした。

 ある居酒屋で常連の男と意気投合し、そいつと新聞屋の勧誘員をすることになった。

 集配所の2階の部屋に泊り込みとなった。某Y新聞は大手なので勧誘はここら一帯ではなかった。時には隣の県にまで応援に行かなければならなかった。

 他の勧誘員はそんな出張を旅行のように好んだかオレはこの土地が好きだったのでここを離れたくなかった。

 だから3ヶ月に一度のキャンペーンの外回りの日には仮病を使って部屋でゴロゴロしていた。

 しかし、酒を飲みたくなるのが人情というもの。集配所に誰もいなくなるのを見計らって、名古屋風居酒屋へ直行する。なけなしのお金を使ってチビリチビリ飲む酒のおいしいこと。

 帰りは音を立てずに2階に上らなければならない。もうちょっとのところで、下のドアが開く音が聞こえた。

 誰?トメさん?
 あー、そう。ちょっと薬を買いに。
 
 バタンとドアが閉まる。ここのおかみさんである。主人は人がいいので何とかなるがおかみさんに見つかったことはやっかいなことである。

次の日、さっそく新聞店主人がオレに、

 トメさん、見つかっちゃあダメだよ。本部まで連絡が行ってねー。

 何か言いたそうだった。 もしかして、クビ?

 いや…ンー

 これ以上この主人を苦しめるのはやめようと思い、その夜黙ってここを抜け出した。ちょうど給料日だったので、よかった。

 給料袋といっしょに手紙があった。中を見ると丁寧な字で2枚に渡り何か書かれていた。

 新聞の配達員さんへ

 ありがとうございました。初めてここへ来てフツウに話ができたのはあなたが最初でした。大学に来れば何かが変わると思ったけど何も変わらなかったので、また部屋にこもりっきりになっているときにあなたが来て、ボクを励ましてくれたとき、もう一度やってみようと思いました。今もあまり変わりないけど、自分では満足しています。
                  これからもがんばってください。

 あー、あの学生か。まあ、ちょっとは他の人の役にたっていたってことか。明日っから仕事探しだ!